■ぶらっと稚内へ           2019.7.14-15

最近の天気は何だ。平日晴れて、休日雨。完全に悪いローテーションに入っている。前々からこの3連休はどうしてやろうかと企んでいたが、3日間北海道はほぼ全域で天候が悪い。

かろうじて稚内方面は曇り たまーに雨って感じなので、急遽 連休2日目に北上する事にした。

途中、近々伺う予定だった音威子府での仕事を前倒しで行った。(これで遊び100%では無くなるので精神衛生上よろしいのだ)

本日のドライブミュージックはサカナクション。小樽出身なんだもんね。

最近2枚組のベストアルバムを買った。何だか心地良イイんだよなぁ。

俳優の嶋田久作とその衣装が80年代風味全開。

音威子府村で朝一番で仕事を完了し、やってきたのはお馴染みのJR音威子府駅。

 

AM10:30開店の「常盤軒」さん。駅舎内にある、立ち食いそば的なお店。開店10分前に到着して既にこの混みよう。

私は並ぶのは余り好きではないが、コレなら15分も待てば大丈夫。

私の後にも次から次へとお客さんが来て、開店前にして並んでいる客は30人以上になったと思う。

ご高齢のご夫婦と若いお兄さんが切り盛りしている。お兄さんは会話の内容からして身内ではなさそう。アルバイトさんかな?

駅舎内が余りにも混んでいたので外の階段に座って頂いた。

私がいつも頼むのは「月見そば(430円)」。

音威子府蕎麦は見ての通り真っ黒だ。

ソバの実のより外側の部分から挽いて使っている。

従って荒々しい蕎麦の香りが特長なのだ。

最初の半分は蕎麦をそのまま食べて、残り半分は卵を絡めて食べる。

そして健康に悪いと思いつつも汁を毎回全部飲んでしまう。

浜頓別に道の駅が出来たので初めて来てみた。先のGWの時にオープンしていたのを発見したが、その時は面倒でつい通り過ぎてしまった。道の駅はかつてスタンプラリーをした事があるが、時間外にスタンプが押せないのがストレスで途中でやめてしまった。

新しいだけあって奇麗で気持ちがイイ。パン屋さんが入っていた。

この地域の交流センターにもなっているようだ。

275号線を走って行くと中頓別の「旧丹波屋旅館」に通り掛かる。いつ通っても何だか気になって停まって眺めてしまう。

調べると1989年に最寄りを走っていた天北線が廃止になるまで駅前旅館として活躍したらしい。その後2019年に国の有形文化財に指定された。

大正中期から昭和初期に掛けて建築された和洋折衷のこの建物はかつてこの辺りが林業で栄えていた証しだ。 → 旧丹波屋旅館保存会のHP

浜頓別の道端にて。牧草地帯が広がり、乳牛がノンビリ草を食んでいる。大変長閑な風景だが、かつてここを開拓した方々の苦労はいかほどだったのだろうか。

エサヌカ線。この日も観光のクルマやバイクが往来していた。

オホーツク海沿岸は日本海沿岸と比較し、平均気温が低い。だから海水浴が出来る期間が大変短い。一方海岸堤防の割合が低く、どこでも砂浜に下りやすい。

本土最北端、「宗谷岬」に近づいて来た。

あの水色の建物の向こうが宗谷岬の駐車場だ。

宗谷岬では様々な国籍の様々な到来方法(クルマ・バイク・自転車・徒歩・バス)による観光客が集まり、思い思いのポーズで記念撮影をする。見ていて楽しい。

本日の宿泊地「道立宗谷ふれあい公園オートキャンプ場」に到着。

今迄何度か利用した事があるが、とても好きなキャンプ場。

下の地図をご覧頂いて分かる通り、かなり広い施設だ。流石は北海道立。

センターハウスも立派の一言。道立のキャンプ場と言えば「十勝エコロジーパークオートキャンプ場」や「オホーツク公園てんとらんど」にも行った事があるが、どこも大変素晴らしいキャンプ場だ。

私立キャンプ場では絶対にありえない資本の投下がある。納税者はこういった施設は上手に利用すると納税充実感が感じられる‥と思う。

私が借りたサイトは掟破りの「キャンピングカーサイト」である。

 

以前コチラで閑散期に来た際には入場料込みで2,500円で利用した事がある。

ただ今回は繁忙期の為、入場料込みで4,500円(入場料1,000円+サイト料金3,500円)も取られてしまったが・・しかし4,500円支払うだけの価値があるのだ。

 

そもそもキャンピングカーサイトなのに、ロードスターで借りられるのかって? 答えはYESだ。ただソロキャンプっていう事もあり、キャンプ場の方に若干驚かれるが・・。

ちょっと小高い所に並ぶコテージ。お金掛かってるな~って感じ。

私が借りたキャンピングカーサイト。

何とこの一本道ここから向こうまでが全部私のサイトなのである。

ついウッカリ道路の端に寄せて駐車しているが、

私専用道路なので道のど真ん中に停めて良い。

ここの道路から芝生まで全て私のエリアなのだ。

超ノビノビ出来る。

あの建物までちょいとシャワーを浴びに行く。

シャワールームのスペースは広く使いやすい。勿論鍵付き個室。

電子レンジも自由に使える。

この公園はサッカーコートの他にパークゴルフ場もあり、

それらの利用者が使うのだろう。

施設内をブラブラと散歩。天然芝のサッカーコートが2面あり、

シニアのサッカー大会が行われていた。

いいね、こういう‘楽しい’が優先された試合って。

ただ意外にも40代とは思えない激しいプレーだった。

案内板。その広大さがお分かり頂けるだろうか・・

さて・・自分のサイトに戻るか・・

私のテントの中はこんな感じ。

最近は持って行く道具がある程度固定化している。

 

■テントはピルツ7。最近ブラックピルツも買ったけど、ブラックはテント内が異常に暗い。2年に1度位しか使わないだろう。

ピルツ7の良い所は設営のし易さ、程良い広さ、スカートが付いていてる事。

私は地面とテントの間に隙間があると何だか落ち着かない。過去の別テントで前室に野良猫が入ってきて荒らされたり(在テント中に)、アライグマに何度も侵入され、大変な思いをした事がある(これも在テント中だった)為だ。

床面は外している。何かこぼしても大丈夫っていうのが一番の理由。一番最初は寝ている時にテント内に侵入したアリなどが顔の上を歩きかねないと心配をしていたが、コットで寝ていれば全く問題なし。蚊も就寝前に撃退しておけば大丈夫。

 

■テーブルは笑’Sの焚き火調理台 。これは天板下に収納スペースがあって便利。その隣の小さいのは移動が自由自在なスノーピークのオゼン。

枕の横に赤い袋が載った小さいテーブルがあるが、これはベルモントのソロテーブル。寝る直前にポンとスマホやメガネを置いたりするのに大変便利。

 

■笑’Sのテーブルの向こうに見えるランタンはスノーピークの2WAY。CB缶とOD缶どちらも使える。CB缶を立てられる土台も付いており、CB缶を使えばこれ単体で高さを稼げ、周囲を照らす事が出来る。

基本テント内ではLEDランタンを使用しているが、少し寒い時にガスランタンを使うと暖房代わりにもなる。(一酸化中毒の危険があり非推奨)

ロウソクランタンは昔は面白がって使っていたが、暗く実用的ではないので最近は余り使っていない。

灯油ランタンはキャンプが目的の時、趣きの為に使う。出番が少ないのはロードスターの積載としては嵩張るから。

 

■枕はアウトドア用ではなく、そば殻の普通の枕を愛用している。

これが結局一番良い睡眠を得られる。

■チェアはクレイジークリーク。座り心地、高さ、カラーが好み。

もっと背面が高い Qualz ハイバックローチェアと気分によって使い分けている。

座面が低いチェアを使う事によって、六角錐のテント内を有効に使える。

Helinoxのグランドチェアも買ったが、コンパクトになるのは良いが、座り心地はイマイチ好きになれないので殆ど使っていない。

 

■チェアの横にいつもロードスターのトランクキャリアに積んでいるコンテナボックスを置いている。何度も革のトランクにしようかと思ったが、そんなのにしたらクルマに積載中に離れて温泉施設での入浴・スーパーでの買い物・飲食店での食事などをしている際に泥棒に盗まれそうな気がするから・・

結構危ないと思う。

■テントのセンターポールには鹿番長のランタンハンガーを2つ付けて、ラジオ・カメラ・スマホ・ゴミ袋をぶら下げている。何でもぶら下げられて便利。

特にゴミ袋の空中ぶら下がり化はアリの襲来を避けられるので必須。

 

 

■ラジオも色々使ったが、結局ソニーのICR-S71に落ち着いた。

海上保安庁や海上自衛隊に納入されていた実績がある。

キャンプで聞くラジオは楽しいのでスマホで持ち込んだ音楽を聴いたりはしない。

普段の生活ではほぼ100%自分が選択した映像や音楽を視聴するが、つけっ放しのラジオは放送局からの一方的な押し付けだ。押し付けられた情報や音楽は意外性があって聴き応えがあるのだ。

これからはメスティンを使ったお気楽調理を積極的にしていこうと思う。

本日はパエリア。エビ・イカ・エリンギ・パプリカなどを具材とした。

あとはサラダ。コンビニのサラダをベースにトマトを追加した。

パンケーキを作ろうとして焦げて失敗・・試しにフルグラを入れたりモタモタしたので焦げてしまい、見せられぬほどグチャグチャになってしまった。ただ味はソコソコだったので全部美味しく頂いた。

まだまだメスティンを活用する。今度は燻製だ。SOTOのスモークウッド、桜を用意した。メスティンには専用メッシュトレイを入れ、底には焦げ付き防止用にアルミホイルを敷いた。

チーズとウズラの卵(味付き)を入れ・・

風が強いので炊事場の下で燻製開始。結構煙が出る。

70~80℃位に温度管理するのが良いのだが、ヤマ勘で10分燻製。

イイ感じで完成した。味も香りも最高! ビールにピッタリ。

 

そんなこんなでPM9時には就寝

風が強いので焚き火は出来ず・・ ZZZZZZZZ・・・

AM2時。早く寝たら早く目が覚める・・・いつものパターン。

AM3時、ちょいと早いが朝食だ。

サンマのかば焼き丼。これは美味しかった。私はメスティンでご飯を炊く際には何とか焦がさない様に気をつかうが、今回の0.5合のご飯なら焦げにくいね。1合だと管理が結構シビアだ。

サラダはコンビニのサラダをベースにヤングコーンとミニトマトを添えた。

本日の行動計画をネットや地図でウダウダ考えながら日の出を迎える。

そしていつものモンカフェ。

AM6:45にキャンプ場を出発。本当はAM8時位に出発して地元の飲食店に行こうと考えていたのだが、サンマかば焼き丼が思いのほか重く残っていて断念。

小雨が降ったりしていて、オロロンライン南下もやめ、内陸を走って自宅に帰る事にした。途中、好きな雄信内(オノップナイ)駅に立ち寄ってみた。

(※駅名はオノップナイだが地名はオヌプナイ)

今や日に数本しか停車しないこの駅は1953年(昭和28年)築だ。長年の風雪に耐え、様々な人生に関わって来た建物には人を惹きつける趣きがある。

1984年改札無人化。1986年完全無人化。

1977年当時は、いくつもの建物が建っているのが確認出来る。

この手の駅には必ずと言って良いほど置かれている駅ノート。

一番上の段

平成30年6月18日

昭和48年頃雄信内の鉄道(保線検査班)に勤務していた〇〇です。

45年ぶりに来ましたが、何もない風景であぜんとしてしまいました。その頃の思い出は沢山有りますが・・・・!生きているうちにもう一度は来てみたいと思います

 

                   本州の住所と書かれた方のお名前

 

・・・今から40年以上前はこの一帯もそれなりに栄えていたのだろう。

2018.6.22(H30.6.22) PM3:55着

 

〇〇〇〇(男性Aさんのお名前) □□□□(男性Bさんのお名前) 

 

この駅より 昭和30年~33年まで中学校に通学。

おおよそ60年ぶりです。

駅舎が残っており少し安心しました。

近くには人家がなくなっており、さみしいかぎり。

宗谷本線は永久に頑張って下さい。線路保守しっかりやって下さい。

脱線なきように!

 

・・・60年ぶりに同級生二人で訪れるとは。いいなぁ。

昭和30年からという事は、この駅舎が完成して2年。

まだピカピカだったのだろう。

 

こんな寄り道が出来るのも一人旅だから。

駅前の商店だったと思われる建物(横のコカコーラの看板や建物で確認ができる)

勿論廃墟です。引っ越し後数十年経っているものと思われ・・

近くに民家は一切見られない。

次に立ち寄ったのは・・・

「北海道命名の地」

この碑の書は前知事の高橋はるみ氏。

松浦武四郎(1818年3月12日-1888年2月10日) 探検家・浮世絵師・著述家

 

皆さんは北海道の名前の由来をご存じだろうか。それはこの松浦武四郎が考案した「北加伊道」である。明治政府はそれを「北海道」とし、現在まで使われている。

加伊(カイ)とはアイヌが互いに呼び合う時に使うカイノーという言葉から来ており、北加伊は北の大地に住むものという意味が込められている。

松浦武四郎が加伊という言葉を知ったのはここ音威子府のアイヌ集落の長老からであり、それゆえ北海道命名の地となっているのだ。

 

アイヌの力を借り北海道中をくまなく探索した松浦武四郎は151冊の調査書を残した。北海道の地名、河川名、山名の殆どはアイヌ語由来と言われており、松浦武四郎がアイヌが使っている地名に漢字を当てたのだ。

松浦武四郎の功績は現在の我々にとって計り知れない程大きい。そして一方でアイヌの人を愛し、尊重し、闘った人生でもあった。

私が持っている松浦武四郎の出版物より松浦武四郎が描いた地図。

海岸線一番左に「モンヘツ=紋別」がある。

道無き道を歩き、アイヌの集落を訪ねここまで細かく記録している。

美深の道の駅。小雨にめげず、結構オープンで走った。

小雨程度なら室内への雨の侵入も限定的だ。

蒸し暑かったのでキモチ良かった。

 

ではまた^^/